イコールよりもリスペクト

私たちの結婚がうまくいったのは、お互いにイコールを求めなかったからである。ここでいうイコールとは男女平等権、いわゆる人権的イコールを意味しているのではなく、50/50の分担作業の関係を意味するので、議論は無論である。

私はビルと出会ったとき、彼の愛を独り占めしたいともがいたこともあった。もっと私のことを見ていてほしかったし、考えてほしかったし、一緒に過ごす時間がほしかったし、誰よりも何よりも彼にとって私が一番的な存在であることを感じたかった。その愛の足りなさから、わがままな態度をとったこともあった。その足りなさが満たされないと、私は結婚にイコールを求めた。例えば、私が料理をしたり犬の世話をするのだから、あなたはこれだけのことをしてという50/50の責任の追及をした。日本で育った私にとって、それは当たり前のことだと思っていた。それが結婚であり、夫婦であり、男女の責任だと思っていた。しかし、イコールを求めるたびに私はさらにフラストレーションを感じた。

しかし、ある体験がきっかけで私は結婚にイコールを求めるのをやめた。ビルと出会ってしばらくたってのことだった。アメリカでの言語の違いなどでいらだっていた頃、私はスーパーマーケットでロシア人と口論になった。原因はスーパーマーケットの床にロシア人の子供が寝転がって遊んでいて、咄嗟にその子を避けようとしたばかりに私は思わず転びそうになったのだ。日本の常識だと子供をこんなところに寝ころばせておいて一体親はどういう神経なんだろうと、向こうがあやまってくるのを腕を組んで待っていたが、そのロシア人の父親は、”一体どこ見てんだよ”と私に突っかかってきた。

私は言葉を失った。母国の日本語で表現できない苛立たさとか、文化の違いとか、それがきっかけで今まで溜まっていたいろんな思いやストレスがいっぺんに沸き起こってきて、私の怒りはエスカレートした。私のわけのわからない言語がスーパーマーケット中に響きわたった。お前があやまれ、私ではなくて親であるあんたの責任だと英語と日本語と九州弁が混じった言葉で叫んだ。興奮して涙まで出てきた。結局、ロシア人の父親は私のことをクレイジーなアジア人女性だと思ったようで、あきれた顔をしてその場を去って行った。気が付くとみんなの注目を浴びていた。首を振ってあきれ返ってる人、せせら笑い、まるで奇妙な生き物でも見ているかのような目、そう、私はいつだってそんな目で見られてきた。どこへ行っても同じ。私は変わらない。自己嫌悪、後悔、いつものサイクルに陥った。しかし、そんな冷たい人々の目線をかき分けるようにビルがやって来て、私にこう言った。

” You feel better?” 「すっきりした?」

たぶん、そのときが初めて私自身そのものを受け入れられたと思った瞬間だったと思う。普通ならば恥をかかせるなよ、とかあきれ返られるのではないかと恐れていたが、彼の私を見る目はまるでパーフェクトな人を見ているかのようだった。