華麗なる秘訣

ビルほどにブランドものが似合わない男はいなかった。それは夫がブランドを着こなせないのではなく、夫自身がBILL BENNETTという独特のキャラクターでありブランドそのものであるから、ブランドマークが付いた服やアクセサリーが、かえって彼の良さを損なわせてしまうのである。高価なブランドを着なくとも持たなくとも様になってしまうビルを見て、私もそのようになりたいと思った。ビルはどんな色の服も似合っていただけでなく、彼に着せられた服がまるでよろこんでいるかのように生き生きしてさえ見えた。ビルはコーディネイトなど考えず、心地の良いものをいつも身に着けていた。要するに何でも似合うのだ。彼にとってファッションは他人にどう見られるかより、自分がどう感じるかであった。心地よさがなければ絶対に買わないし着なかった。服が多少破れていたりしても気にしなかった。彼と出会ったとき、腕時計のバンドが壊れていた部分をスコッチテープでとめていた。それでも優雅さを放っていた。スコッチテープが彼の価値を損なわないように、ブランドが彼の価値を増すわけでもない。日本で育った私にとってブランドはステータスだった。ブランドのバッグを持ち歩いていると多少の注目は浴びるし、お金を稼いでいるように思われそうだし、一応流行に乗っているような、もっと一般人から信頼されてもらえそうな、要するに自分の価値があがりそうな気がしていたのである。しかし、その気持ちも長続きはしない。所詮は物であるから廃れてくるし、古くなるし、長ければ長くもつほど臭くもなる。私にとってのブランドは、着こなすというより着せられていることが多く、ブランドのバッグを持ち歩くというよりブランドのバッグに持たされているような、どっちがボスなのだかわからなくなってしまうことであった。ほとんどのブランド商品はファッションモデルに合わせてつくられているから、ご存じの通りほとんどの人が似合っていないのが事実である。私はブランドに反しているわけではない。デザインの発想はアートであり、クオリティの追求は至難の業である。しかし、私にとって高いブランドを持つということは、自分自身への価値観の歪みを正すことでしかなかったように思う。だから私はアメリカに移ってからも日本から持ってきたある有名なブランドのバッグをいつも持ち歩いていた。だからビルは私がよっぽどそのバッグの色やデザインが好きなのだろうと思っていたらしい。しかし、私が色とかデザインよりも、シンボルであるブランドの名前が付いているから持ち歩いているのだと言うと、彼はおどろいた顔をしてこう言った。

“You don’t have to carry someone’s name. You have a beautiful name YUKIKO STAR BENNETT.”(君にはYUKIKO STAR BENNETTという美しい名前があるのに、どうしてよその人の名前を持ち歩くの?)

それから私はブランドの柵から解放された。鎧を脱ぎ取ったかのように身軽になったのである。もちろん今でもブランド品を買うことはあるが、買う動機が全く違う。自分を客観的に見れるようになったのである。だから特別なものを着なくとも普段着で素敵だねと褒められることが多くなったし、褒められなくても自信が持てるようになった。日本にいるときは周囲と同じように馴染もうとしていたが、アメリカでは周囲と同じものを着ているわけにはいかない。スキンカラーは違うし、目の色も違うし、アクセントも体型も違うので、どんなに流行っていても着たくないものがある。例えばどんなに流行ってもショートパンツは似合わないことを知っているし、露出の多いファッションは体型の悪さを強調するだけである。私はアジア人だから足も短いし、背も低い方である。それを変えようとは思わないし、変えたくもない。100人の一般人から美しいと言われるより、そんなあるがままの私のことを美しいと言ってくれるたったひとりの夫がいれば十分満足なのである。美しくなるということは、何かを付け足すことではなく、私が自分のことを好きになっていくプロセスなのである。