VICTORIA

ビルと私にとって GOD の CREATION である ANIMAL の存在は特別だった。彼らを通して学ばされることがたくさんありすぎて感謝である。私たちの PET はすべて、行き場を失い一時的に保護されている ANIMAL SHELTER や愛護団体 などから引き取った犬や猫たちである。引き取り手を待っている犬や猫たちで溢れかえっていた中、VICTORIA は、私に MIRACLE…….奇跡が起こるということを教えてくれた、つまり彼女を通して、それまで私の中にあったGOD の可能性のリミットを、見事にはぎ取られたのである。VICTORIA は、地元の ANIMAL SHELTER で保護されていた老猫で、推定年齢は不詳だった。出会ったときは最低でも10歳だったと思う。痩せこけていて、毛につやもなく、黄疸が出ていて、ぐったりとしていた。病気持ちの老猫なほど引き取り手はない。じっと目をつぶったままうずくまっていた VICTORIA。そこの staff たちからは、もう長くはないだろうとさえ言われた。夫と私が彼女を引き取ることを決断するのに時間は掛からなかった。正直言って、彼女はもう長くないとはわかっていたが、冷たいケージの中で最後を終わらせるより、家で引き取って残りの時間を快適に過ごさせたいという思いからだった。夫と私は彼女を引き取った後にすぐに獣医を訪れたが、衰弱しているため、治療はかえって負担になると言われた。私たちはそれから違う獣医を2件訪ねたが、同じ答え。彼女は車に乗ることに非常に抵抗していて、獣医に連れていく度に過度のストレスがかかり、更にぐったりとしてきた。病院に連れまわすのはやめて、家でゆっくりと休ませることにした。医者は手の施しようがないかもしれない。しかし GOD。” GOD has the final say.” 私たちの 最終決断をするのは、GOD. しかし、全く食べない VICTORIA 。あらゆる CAT FOOD を試したが、見向きもしない。VICTORIA の弱っていく姿を見ると気が落ちる一方で、全く希望が見えない。だから家の中の雰囲気を GOD に SHIFT させようと、お気に入りの WORSHIP SONG ( Christian Contemporary music )を流して、私の心を JESUS に FOCUS した。なぜか私には今が彼女の時間だとは思えなかったのだ。しかし、彼女は何も食べてくれない……….だからもうどうしようもない。そのとき、本当に彼女は何も食べないのか?と問いだたされたような気がした。そう、彼女は何も食べてくれない、いや、彼女は CAT FOOD を食べない……….。ということは CAT FOOD ではない食べ物なら食べるのかも? 誰もが食べれるもの………….BABY FOOD ?  ふと心にそんな idea が浮かび、突き動かされるように BABY FOOD を買いにいった。祈るように CHICKEN FLAVOR である BABY FOOD を VICTORIA の口元にもっていくと、彼女は長いこと匂いを嗅ぎ、しばらくじっとして動かなくなった。かと思うとぺろりと一口舐めた。 BABY FOOD に興味を持ち始めたのだ。彼女が飽きない程度に一時間おきに口元にもっていくと、少しづずではあるが食べてくれるようになった。そして彼女はその日を境に回復していったのである。黄疸は消え、CAT FOOD を食べれるようになり、体重は増えていった。ずいぶん後になって獣医を訪れたとき、あのときと同じ猫?と疑われたほどに生まれ変わった VICTORIA 。あのときは誰もから見放され、あと一週間の命だろうとさえ言われた彼女は、その後3年生きてくれたのだ。私たちに十分な想い出を残した最後は、彼女の時間通りに ( in His time )やすらかに私の腕の中で眠るように天国へかえっていった。彼女を通して GOD の本性を REVEALさせられ、GOD との信頼性とリレーションシップを深めてくれた VICTORIA は、彼からの Gift だったのである。

 

“So again I ask, does God give you his Spirit and work miracles among you by the works of the law, or by your believing what you heard?”  Galatians 3:5 (NIV)

 

In Loving Memory of VICTORIA

GONE TO BE WITH JESUS,  September 10, 2020